色褪せた小学生の頃の記憶だ。
やんちゃ坊主だった俺は、夜遅くまで起きているのが堪らなく好きだった。
早寝早起きが家訓であった我が家。両親から早く寝ろと幻聴が聞こえてくるほど口うるさく言われ続けたなかで、深夜まで起きているという罪悪感に棲む快感と、絶対的な存在である親への些細な反抗は俺を虜にさせた。
深夜独特の静寂に酔い痴れて闇に溶け込みつつある外を見ると、まるで世界は俺のものなんていう馬鹿げた発想にも至ったものだ。でもその時は、もう俺は立派な大人の仲間入りだと本気で思った。
そんな日々にも慣れて、深夜の刺激も若干弱く感じられた日に、俺は見てしまった。
あの時は確か、異様に月が綺麗だった。同時に不気味にも感じた。
喉が渇いた俺は、冷蔵庫からオレンジジュースを取るために一階に降りたんだ。親に気付かれずに一階に降りるなんてお手のもので、慣れた足取りで階段を降りた。
いつも通りリビングのドアを丁寧と慎重を重ねて開けると、いつも通りの光景であるはずが、いつも通りでは無かったんだ、決定的に。
電 気も付けずに暗がりの中、父親が仏頂面でソファに座っていた。いつもの気難しそうな表情はそこには無く、目付きはただ虚ろで、焦点が合っていないように見 えた。俺には気付いているはずだったが、目を合わせることはない。その時ばかりは、威厳に満ち溢れた父親に恐怖を感じた。
ガルロ・ネロと長門修一によるマンガログ
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『連鎖』
前に書いた短編小説です
何をしているのかという疑問だけが、俺の頭の中で酷く暴れて、正常な思考は働かない。
ただ俺は怖かったんだ。理解不能なこの現状に、怯え、恐れ、おののいた。
そして父親はそんな俺を嘲笑い、追い討ちを掛けるかのように──笑ったんだ。聞いたこともない高笑いだった。自らの太股を強く叩いて、腹から割れんばかりの笑い声を発している。
俺の体は完全に恐怖に支配された。
尊敬の念すら抱いていた父親がおかしくなってしまったと思ったんだ。当時流行ってたゲームの影響で、父親は悪魔に取り憑かれたと真剣に思った。
子供の小さな体ではそれはあまりにも強烈な出来事で、痛いほど手足が震えた。
俺は逃げるように二階へ駆け上がった。布団に包まり体を抱くように丸め、恐怖から目を背けた。それでも、一抹の恐怖からくる不安は体を舐めるようにまとわりつき、俺を手放さなかった。
子供ながらに父親が心配で、結局寝れずに朝を迎えた。
恐る恐る一階に降りるといつも通りの家族の団欒が待っていた。父親は普段の顔付きで、今にでも怒りそうに眉間に皺を寄せていた。思わず嬉しくなって父親に抱きついたものだ。
そんな記憶も忘れかけた頃、俺も30歳を迎え、しがないサラリーマンに成長を遂げた。
日々会社のためにその身を削り、体を酷使し続けた結果、体も年相応に歪み始め、枕の臭いも気になってくる今日この頃。とは言うものの、それなりに幸せな人生を歩んでいると思う。
妻とはもう結婚9年目に突入し、子供は2人、小学生と赤ん坊だ。小学生になる息子は昔の俺のようにやんちゃで手が焼けるが、最近では子供の成長だけが楽しみになりつつある。マイホームの購入も視野に入れ、妻とも未だ倦怠期の予兆はない。
一つ問題があるとすれば、性生活の方だろうか。一歳にもならない子供がいては、やはり妻にも疲労の色が垣間見え、俺の都合だけで頼んではせっかくの順風満帆な関係に亀裂が生じてしまう恐れがある。とは言っても俺だって健康的な男。たまには毒素を抜かなくては体に悪い。
だから俺は今、リビングで電気も点けずにアダルトビデオを鑑賞している。最近のアダルトビデオは中々に質が良く、あらゆるニーズに応えようとする姿勢に感心できなと頷きながら、ソファにどっかりと座っている姿は自分でも笑えた。
微かに、本当に微かに足音が聞こえた。ペタペタと歩く足音は間違いなく息子のものだ。もう三時だと言うのに起きているのかと不思議に思いながらも、慌ててテレビを消した。
ゆっくりと開けられるドア。息子の小さな体を視界の端に捉えながら平常心を装い、ただただ俺は前だけを凝視した。
目を見開いて、口をあんぐりと開けながら驚く息子を確認できた。
不意に胸に何かが引っ掛かった。言い知れぬ既視感が津波のように俺を襲った。そして思い出すあの時見た父親のこと。
ああ……なんだ、そうだったのか。なんて下らないんだ。数十年の時を経て、今――繋がった。
思わず笑いが込み上げてきた。自分でも出したことのない高い声で笑っていることに気付く。
そして、俺の予想通り、息子は逃げた。
きっと幼少時代の父親も同じ経験をしたんだ。だからあの時笑った。そして、今俺も笑っている。
こうなることを父親は予想していたのかもしれない。
さて、ますます息子の成長が楽しみになった。
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