ガルロ・ネロと長門修一によるマンガログ
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『うそつき』
こちらも前に書いた短編です。
「あたし、決めた! 今日死ぬ!」
学校の屋上で胸を張って叫んだ彼女に、一陣の木枯らしが襲った。風はいたずらにスカートをはためかし、けれども彼女はお構いなしで、米粒のような笑窪を僕に見せたんだ。
「ふーん、そう」
冷ややかにその笑顔に応えると、彼女は眉間を寄せて、頬を膨らました。
「反応薄いなあ」
しょうがないじゃん、と僕は思う。だって君は昨日も一昨日も一ヶ月前も、何回も死を予告しているんだから。それに、君の嘘は分るんだ。気付いてる? 君が見せるへたくそなウインクのような瞬き、それは嘘を吐いてる証拠。
「あたしが死んだらどうする?」
空は茜色一色で、彼女の優しく微笑む口元も夕暮れに染まり、それがなんとも愛らしく、思わず胸が苦しくなった。こんなときでも笑顔を絶やさない彼女は、透き通った瞳を僕に向け、返事を待っている。
「どうもしない。僕は君の名前も知らないしね。悲しむにはちょっと足りないかな」
「それは薄情だよ……」
悲しみ帯びたその言葉とは裏腹に、瑞々しく潤う唇はやっぱり笑顔に歪んでいる。
「じゃあ、名前を教えてよ」
「それは嫌」途端に彼女から笑顔が消えた。一点の曇りも無い真面目顔つきだった。
「名前なんて関係ないの。名前が無くてもあたなはあなた、あたしはあたし。名前が無ければあなたという存在を証明する術が無いわけじゃないでしょ? あなたは確かにここにいる、それはあたしが証明する」
僕はなんだが恥ずかしくなって目を背けた。顔が赤くなっているのは夕暮れが誤魔化してくれるだろうか。
「ずいぶんと哲学的だね。そんなんだから友達が居ないんだよ」
彼女は途端に興味を引き剥がすように、ぷいっとそっぽを向いて頬を膨らました。
「友達なんて要らない」
「強がり?」と問い詰めて、彼女の顔を覗き込むと僕を睨み返した。
「同世代の人なんてつまらない。ただ流行を追い駆けて、周りと同じ思考、そして嗜好を持つように下らない努力に励む。当然のようにそこにアイデンティティは無くて、また疑問すら持たずに物事を考えようとしないの。考えない人間なんて人間じゃないよ」
「言い訳だね」
そう言うと、彼女は柔和な笑顔を太陽に向けた。
「……あたしが死にたがる理由知りたい?」
彼女の横顔は笑っているけど、目は涙ぐんでいるように見えた。
そして僕は思わず耳を疑った。彼女が死ぬ理由は何回か聞いたことがあるけど、彼女は断固として口を開かなかったからだ。僕はそこに興味があった、だから「うん」と告げた。
「知りたいの」彼女は呟いた。「死の先には何があるのか」と今度はもっと小さく呟いた。
おもむろに制服の袖を捲る彼女。細木のように華奢な手首がするりと袖から滑って露になった。僕はごくりと息を呑んだ。痛々しくも生々しいリストカットの傷跡が視界に入る。
「下らないよ」と僕は率直な感想で囁いた。怒りがふつふつと湧き上がる。憤りが渦巻く。
「死の先に何があるかだって!? 何もないよ、あるはずがない!」
「どうして分かるの? あなたは死んだことがあるの? いい? これは経験したことがある人間にしか答えは出せないの。あなたの言っていることは推測でしかない」
「ふざけるなよ……」知らず知らずのうちに拳に力が入っていた。立ち上がって初めて彼女を見下ろした、そして気付いた、彼女はこんなにも小さかったのかと。
「そんなことで死のうとするなんて馬鹿げてる!」
彼女は黙っていた。トレードマークの笑顔を顔から消して、初めてみる不機嫌そうな顔つきだった。
「あなたなら、理解してくれると思ってた……」
「できるはずないじゃないか……!」
何だかんだ言って、僕は彼女が好きだったのかもしれない。だから単純に死んで欲しくない。道徳的な概念とか関係無しに、ただ愛する女性として死んで欲しくはないんだ。
夕焼けが沈んだ。不意に暗くなる世界。一時でも彼女から目を逸らすと、彼女はこの暗闇に溶けて消えてしまいそうで不安になった。彼女は無理やり笑って、絞り出すように言葉を紡いだ。
「ごめんね。確かに馬鹿げてる。もう死にたいって言わない。明日からは前だけを向いて生きる」
ほっと胸を撫で下ろしたのもつかの間、僕は見てしまったんだ。彼女のへたくそなウインクのような瞬きを……。
彼女は――うそつきだ――
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